角川ホラー文庫/うしろ

今回は読んだ小説のレビューをかく。

角川ホラー文庫/うしろ
倉阪鬼一郎


内容(「BOOK」データベースより)
それは奇妙なマンションだった。女性専用で、セキュリティは万全、
一見何の問題も無いように見える。だが、常に観察していれば気づくだろう、
ここでは妙に人が入れ替わることに。そして、出て行く者の顔は必ず恐怖に
歪んでいることに。音楽を学ぶために来日したイェニョンは、希望を胸に訪
れたが―。仕掛けられた呪いが発動するとき、それはうしろに立つ―。
ひだり」と同じ作者の小説である。
「うしろ」は「ひだり」と同じように信仰、呪術、結界的なものが関わってくる。
謎解きのような要素はほとんどない。
現象の原因は最初にはっきりとわかっていて、それがじわじわと主人公を追いつめていく。
ページ数が多いのでその展開だと飽きるだろうと思ったのだけど
どんどん読めたのは言葉の使い方がうまいからだろうか。

怖さでいうと「うしろ」のほうが上だ。
けれどその怖さというものは昔から存在するお岩さんや*「リング」や「呪怨」のような黒い髪を
垂れ流した女幽霊のテンプレートのおかげにすぎないとおもう。
「うしろ」も「ひだり」も霊のようなものが出現して猛威をふるうようになった原因と
いうものがあるのだけれど「リング」「呪怨」「ひだり」に対して「うしろ」のそれは動機
の描写が足りないようにおもえた。
そしてこの小説の中では陰の存在として扱われる楡(にれ)の木と芒(すすき)が
ぼくにとっては幼少の頃に北海道で過ごした記憶の中で完全に陽の存在であった
ことがますます同調できない理由のひとつなのかもしれない。

「うしろ」は「ひだり」ほど具体的ではないが映像も頭の中で再生することができた。
ぼくは建築物の位置関係や吹き抜けなどの立体的な構造を想像することが苦手だ。
舞台になったマンションの部屋内は想像できたがその外観や通路はおぼろげだった。
過去に紹介したフリーゲーム「1999christmas」に登場する大きな構造物もさっぱりわからなかった。
特に呪術的な要素として建物の構造は重要だったと思うので、そういうときは図でも
描くべきだったのだろうかとおもった。

「うしろ」の優れている部分は触感だったとおもう。予感とか存在とか肌で感じる描写を
視覚だけじゃなくて触感でイメージすることができた。「虫が這っている」という文章が
あったらぼくは人の皮膚の上を通るムカデを頭の中で見る。
でもそれだけじゃ気持ち悪くない。
自分の皮膚の上を実際に何かが這っている触感まで想像させるとこまでいってくれると
良い文章だとおもう。小説を読んだあとで例の触感をそっと再現してみるとじわっと
いい汗がしみだしてくる。
そういう意味では素晴らしかったとおもう。

ラストの押して引いて押して引いてという展開もなかなか楽しんで読めた。
ただ「ひだり」の個性と比べてしまうと一瞬で*「黒い髪のしつこい女シリーズ」として
埋没しそうな本だと思った。


*昔買った「リング」のハードカバーは横尾忠則の宗教めいた感じの絵だった。
 今の文庫本の表紙の顔はちょっとかわいすぎる感じがする
*「呪怨」の伽椰子は裏で漫画太郎が反復技術を最大限に発揮しているとしかおもえない。
*壁に色々描いてある部屋の描写は、過去の個展の風景を思い出させた

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