木曜日

cutting the pictures/微震解体






















人間の解体者は皮膚に刃を入れ肉を削ぎ骨を削っている間、わたしのような気分で

表情ひとつかえずノコギリを往復させるだけの行為を繰り返しているのだろうか



自分が生み出したものにノコを入れるのは対して苦しいことではなかった。

それによってこの絵が死ぬという感じもしなかった。

デジタルで撮影したデータを保存しているということが救いとなっているのか?



わたしは切っただけだ。ほんとうにおぞましくこれらがひしゃげていく姿を最期まで

みとることもせずに、自ら火をつけて供養することもせずにどこぞやの業者に引き取らせるのだ。

だが、わたしではない誰かが最初のノコを入れることには絶対に耐えられなかっただろう。



なぜ切っている途中を記録するのか?

わたしは猫を虐待したり捕虜を殺害するビデオを撮って発表する人たちと同じなのだろうか、

新製品のアップルやSonnyの電子機器をミキサーに入れて粉砕する連中と同じなのだろうか。

ただひとついえることは記録したかったというだけであり、この写真を見ても何も愉快なことはない


わたしは己の欲に従って作り出した彼らを己の都合で切り捨てるのだ。








 
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