金曜日

絶対視力

"真理は必ずしも井戸のなかにはない。事実、重要なほうの知識となると、それはいつも
表面
うわべ
にあるものだと僕は信じる。
"

引用:モルグ街の殺人事件 THE MURDERS IN THE RUE MORGUE エドガー・アラン・ポー Edgar Allan Poe 佐々木直次郎訳

1.

とある人物から<中庭>という文庫本サイズで蒲鉾板くらいの厚さの本が送られてきた。

どうやら元来の意味のほうの同人誌のようだ。詩集、小説がほとんどで10人ほどの作者が表紙に名を連ねていた。
このような得体の知れぬアンソロジー作品を見る場合、本の構成や流れは無視して知り合いの作品があればまずそれを、他は目につくものがあればというのが私の読み方だ。

あなたは知り合い以外に対してあまり興味をもたない人間の表情―――雑踏で待ち合わせをしている友人を見分ける場合は、その特徴以外をフィルタリングするという意味で他人への興味的な反応をそぎ落とすようにしている時の表情―――を見たことがあるだろう。そのような目つきをしながら私も扇ぐように本をめくっていた。

本の半ばあたりで見慣れた三文字の半角英数字を見つけて手を止めた。<眼科遊戯>、どこかで聞いた話だとおもえば本人の体験を元に書かれたものだということがわかった。私はそのような話しをすでに電話で聞いていた。

どうりで医療に関する資料を調べ上げ専門用語を羅列して作り上げた風ではなく、本当に適当な日常感のある眼科での一時に仕上がっているわけだ。

この作品、何かとんでもない事件や物語があるわけでもなく、彼の興味は逐一<美>の追求に寄せられているように思える。宝石のような少年の眼球に、近づいた美人女看護士の顔に、新人看護士のかわいい顔に。けれど<美>を感じた部分の描写ほど淡白でありその姿を思い浮かべることが困難だ。

逆に彼が<美>の照合をつけていない女達―――患者役の女看護師ともう一つの短編<黒豚ドレス>の女―――はデブと呼ばれ<縫い目がはちきれそうな体系><脂肪を隠しきれない><肉塊>といった個性札が添えられている。この一連の表現のほうが文章から生み出された私の想像の世界では不透明感の強い存在として活き活きとして見える。

眼圧を測る装置をテレビゲームのシューティングのコクピット的なものとして捉えていた主人公は、作者がゲームに馴染み深かったゆえの遊びの視点を持っていた。

その装置を弄る展開において男性であれば女性の無意識下におけるいやらしさをおいしく享受できるかと思える状況からオチる場面がある。<美>的に優れていないものを貶めて笑いにもっていくのではなく、大人3人も揃って一体何をやってるんだろうという俯瞰した見方で、固定された小さなコクピットを思い描いたときあなたはこの作品の本当の面白さを理解するはずである。

2.

<捕食者>というタイトルでたった7行の短編は私をそのページに釘付けにした。時間で言えば<眼科遊戯>よりも長いことかけて何度も読み返しているのだが理解できない。

まずは冒頭から

"「    」に対して世間は随分前から騒いでいたが"

というように始まり、鍵括弧の間は全角四~五文字ほどの空白でうまっている。これが推理物の謎解きのように読み進めている最中もずっと私の頭の領域を圧迫していた。

わたしは、作者がはっきりとは言わずに文章の中で何かを比喩しているのだと思った。それがわかれば「」の謎も解けるであろう。

<見覚えの無い殺風景な部屋>、<所持金>、<服>などの描写から力のない者を連想した。そして主人公に服を着せたり、死んだ動物を加工して生活し、主人公に対して心を開いている者の存在があった。私はそれが母親ではないかと思った。だとすればこの視点は作者自身の子供の頃か、まだ幼い作者の息子のものであるはずだった。

人は生まれたときから自ら選べず誰かに着せられ、食べるために動物の生命を奪うのではなく着飾るために殺すのだ、ということを幼児の眼を通して強烈に訴えかけてきているというのが私の結論になった。

つまり「」にはファッションが入る。作者像から考えても、着るものにこだわりはあるが流行を追うタイプではなく<時代錯誤>と言われても無視するような意志の強さがある。これで間違いはないはずである。

そうして、私はこの解釈のほかにどんなものがあるのか知りたくてI氏の分析力―――ゴキブリポーカーにおいて場をかく乱するためにあらゆる表情や仕草をランダムにして挑んだ私に対して、そのほとんどを見破ってしまう恐るべき観察力と直感―――を試してみることにした。

丸い顔をしたI氏は、その顔をますます丸くさせながら
「これは解読が難しいですね。」
と言ったので、私はしてやったりとおもいこっそりほくそえんでいた。私がこの時点で伝えていた情報は、I氏の知り合いである半角英数字3文字の作者の作品であるということのみだ。

しかし、
「うーん、もしかしてXXXXじゃないですか?」
と物の五分もたたないうちに具体的な名称をあげたのだ。

その瞬間化学式のような文字列が化学反応を起こしながら連結していくイメージが頭に浮かんだ。

私はモルグ街の警視総監Gのように、見当はずれのところに空想と労力を働かせて探索していたのだ。XXXXについてはI氏よりも私のほうが身近にあり馴染み深いものであったし、作者ともそれについて語り合っていたというのに!

<所持金>、<服>、<本当の自分の名>、<日常>、<400時間>―――走馬灯のように流れる物事の関連性。

ああ、主人公は二つの世界にいたのだ。



*リンクを貼らないほうが想像力をかきたてられそうなので貼りません

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