土曜日

十の九郡



創作の原点はぼくが暮らしたあの村での6歳~12歳の時期だったのではないか
映画館やレンタルビデオ屋や本屋やディスコもクラブもゲームセンターも
喫茶店もバーもなかったけれども
”何もなくて退屈”ではなかった 子供たちは日常にあるものを組み合わせて
遊びを作っていったのだ 
ぼくの一年上のK君は遊びの天才だった
ノートと筆記用具、机があれば 小さな世界はできあがる 
金属バットと野球ボールで 住宅街はゴルフ場になる
缶蹴りの缶の影武者があらわれる

ファミコンが現れてから たしかに外で遊ぶ時間は減ったかもしれない
大人たちはゲームの悪影響を心配して、ファミコンは1週間に2時間まで
子供たちはファミコンがやりたいために 友達の家を訪れる。

ここで思うこと、大人たちはただ単にマスコミの情報をみてファミコンは悪いものとしていたのか?

それとも子供たちの外(家でも工夫して遊べると思うが)で創作する遊びに対して、
ファミコンとは開発者によって与えられた遊びであるから消費する一方で
想像・創造性を失わせる(鈍らせる)と考えて忠告していたのだろうか?

『子供の頃にファミコンにはまったく触れず内・外で自分で遊びを作ってきた人間』と比べて
ぼくらは想像力が豊かではないと仮定する。
その人間というのは誰に当たるのか?
父、母、じじ、ばば 世代?
・・・彼らが自分と同じ年齢のときに一体どんな優れた発想力をもっていたのか
聞いたこともない。本を読んで想像力を高める???与えられたものを
ただ読んでるだけじゃないのか??

書いてて自分でも よくわからなくなってきた

・本は視覚・聴覚の情報を自分の脳で補う
・外で遊ぶときは 足りない何かをアイデアで補う

・ファミコンは視覚・聴覚が揃っているので自らの脳で補うものがない

つまり脳を使って補う必要がないからそこでストップするってことかな
でもファミコンのドット絵を見て、ぼくらはドット絵の世界を見てるっていうのではなくて
もう一段階ちがう世界が頭の中に開けてた気がするんだけど・・・

とにかく、ファミコンは豊かな発想ができなくなるもの だとしたら
それを止めなさいという親は俺に『豊かな発想』ができる人間に成ってほしい
ということだったのだろう

たしかファミコンをやりだしたのが3年生?ぐらいだったかな。
親はファミコンをやりだしてからsukechanは『豊かな発想』を発揮しなくなった
といった。何がそんなに豊かだったんですかね、 詩が?作文が?感想文が?遊びが?
絵が? 

ファミコンの弊害を認めるとしたら
自分の血肉になっている 『祭り』を 
ファミコンがやりたいためにないがしろにしたっていうことかな。
でもその『祭り』というのは俺が大好きだった村の祭りではないし
そのときファミコンはすでにサターンになってた。

ああ、そうだ ぼくは別にファミコンを擁護したいとかそういう話をしたいわけじゃなくて
あの村で体験した

遊び、祭り、キャンプ、太鼓、行灯、木工、フェスタ
という文化・芸術活動こそが 

いまこの東京で何もバックグラウンドがないと思い込んでいたぼくの
魂の奥でずっと ずっと燻っているのです。



”無い”のに陽気である
”無い”から陽気である

この作品は トミーの雰囲気に似てる

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5/25 追記

http://kay.air-nifty.com/art/2008/05/post_88cc.html

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